売る・貸す・二拠点、その前に考えておきたいこと
「田舎に移住してみたいんです。ただ、今の家をどうしたらいいか、そこが引っかかっていて。」
地方への移住を考えはじめたとき、多くの人がどこかでぶつかるのが、この「今の家をどうするか」というテーマです。
移住と聞くと、「仕事をどうするか」「子どもの学校をどうするか」といった悩みが真っ先に浮かびますが、それと同じくらい重たいのが、
いま住んでいる家を、売るのか・貸すのか・二拠点にするのか・そのまま残すのか
という、もう一つの大きな決断です。
ローンの残っている持ち家だったり、買ったばかりの分譲マンションだったり、親御さんとの同居を前提に建てた家だったり。
どれも、そこに暮らしてきた時間や思い出がぎゅっと詰まっていますから、「はい、じゃあこうしましょう」と簡単には決められません。
きっと、ご家族や不動産屋さん、もしかしたら金融機関さんとも相談しながら、いろいろ悩み抜いてこられているのだと思います。
だからこのコラムでは、「どの選択肢が一番トクかソンか」という話ではなく、
多くの人が移住を考えるとき、どこかで一度は頭をよぎるテーマとして、この“今の家をどうするか問題”を取り上げてみたいと思います。
売るのか、貸すのか、二拠点にするのか、それとも残しておくのか。
正解は一つではありませんが、「自分たちらしい決め方って、どんな形だろう?」を一緒に考えてみる、そんな回にできればと思います。
移住より先に、心に引っかかる「今の家」
移住を考え始めたとき、多くの人はまず「行きたい場所」や「こんな暮らしがしてみたい」というイメージからスタートします。
庭のある暮らし。子どもが走り回れる環境。自然の近くで、季節の変化をじっくり味わえる毎日。でも、その妄想がひと通り楽しく進んだあと、ふと現実感が出てきたタイミングで、頭の中に顔を出すのが「で、今の家はどうするの?」という問いです。
住宅ローンが残っている場合は特にそうですね。売ればローンを完済できるのか、少し残ってしまうのか。貸して家賃収入を得る道はあるのか。しばらく二拠点で様子を見るというのは現実的なのか。「移住するぞ!」という勢いだけでは越えられない、“お金”と“暮らし”の話が、ここで一気に押し寄せてきます。
厄介なのは、この「今の家」の問題には、はっきりした正解がない、ということです。
ご家族の年齢、仕事、子どもの学校、親御さんの住まい、ローン残高、地域の不動産市場……。それぞれの条件によって、「ちょうどいい答え」は変わってきます。
だからこそ、ここは一度、選択肢をざっくり整理して、自分たちにとって、どんな決め方が“後悔しにくいか”を考えてみる必要があります。
「売る」という選択肢の顔と、その裏側
まずは一番イメージしやすい「売る」という選択肢から。
今の家を売って、そのお金をもとに移住先の住まいを整える。住宅ローンが残っている場合は、売却代金で完済してスッキリした状態で新天地に向かう。こう聞くと、とてもきれいなストーリーに聞こえます。
実際、ローン残高と売却価格のバランスがうまく合うのであれば、「売って移住」はとてもシンプルで分かりやすいパターンです。固定資産税や火災保険も一本化できますし、「家が二つあることによる心の負担」からも解放されます。
一方で、「売る」にはそれなりの時間と段取りが必要です。購入希望者がすぐに見つかる場合もあれば、数ヶ月〜1年単位で様子を見ないといけない場合もあります。売却価格も、ネットの相場サイトを見ただけでは分からない部分が多く、実際には不動産業者に査定してもらいながら現実的なラインを探っていくことになります。売却が先に決まり、移住先の準備が追いつかないと、一時的に仮住まいを挟まないといけないこともあります。
逆に、移住先の家づくりを先に進めてしまうと、「売れるまでの間、ローンと家賃(または新しいローン)が二重になる」期間が生まれることもあります。
「売る」は、たしかにスッキリした選択肢です。ただ、スッキリさせるまでの途中には、「時間」と「資金計画」の調整が必要になります。そこをどう見通しておくかが、大事なポイントになってきます。
「貸す」という選択肢にひそむ、“気持ち”と“現実”
「売る」はちょっと踏ん切りがつかない。そんなときに浮かぶのが、「今の家を貸す」という選択肢です。家賃収入がローン返済の助けにもなり、いざとなれば自分たちが戻れる場所も残せる。こう考えると、たしかに魅力的に見えます。
ただ、ここにもいくつか、事前に考えておきたい現実があります。
ひとつは、「借り手がずっと途切れないとは限らない」ということです。入居中は家賃が入りますが、退去があれば、その間は収入ゼロになります。次の入居者を探す間も、固定資産税やローン返済は続きますし、原状回復や修繕の費用が発生することもあります。
もうひとつは、「管理する手間と気持ちの距離」です。自分たちがしばらく住まない家を、どこまで自分で管理するのか。トラブルがあったときに、誰が窓口になるのか。管理会社に頼むのか、親族に様子を見に行ってもらうのか。
「自分の家だけれど、今住んでいるのは別のご家族」という状態に、思っていた以上に気持ちが揺れる方もいます。ちょっとした傷や汚れにも目が行ってしまったり、逆に「好きに使ってください」と割り切れず、ストレスになってしまったり。
さらに言えば、住宅ローンは“自分が住む家”を前提に組まれていることが多いので、賃貸として貸し出す場合は、金融機関に相談が必要になるケースもあります。
このあたりは、銀行や不動産業者、税理士など、専門家にも相談しつつ進めていく場面です。
「貸す」は、うまく回ればとても良い選択肢です。
でも、家賃収入だけを見て「得か損か」で判断するというより、「誰かに使ってもらいながら、自分たちの家をしばらく残しておく」という状態に、自分たちが心地よくいられるかどうか。
そこも含めて考えておくと、“こんなはずじゃなかった”を減らせるように思います。
二拠点という“お試し期間”の考え方
最近は、「いきなり完全移住ではなく、二拠点で様子を見る」という選び方も増えてきました。
平日は今の家から仕事に通い、週末や長期休暇は丹波篠山側の家や拠点で過ごしてみる。数ヶ月〜数年かけて、徐々に生活の比重を移していく。こうした段階的な移住は、特にお子さんがまだ小さかったり、ご夫婦の仕事がすぐには一緒に動かせなかったりするご家庭で選ばれることがあります。
二拠点の一番の良さは、「一度にすべてを決めなくていい」というところです。
たとえば、お子さんの進学のタイミングを待ちながら、休日だけ丹波篠山の暮らしを試してみる。仕事の働き方をすぐに変えるのではなく、在宅勤務の日を少しずつ増やしてみる。
そんな“試し打ち”がしやすくなります。
ただ、ここにも現実があります。
家が二つあれば、家にまつわる費用も二つ分かかります。水道・光熱費、通信費、移動の交通費、固定資産税、保険料…。短期間ならまだしも、数年単位になると、それなりの負担です。
また、「どっちつかず」が苦手な方にとっては、二拠点という状態そのものがストレスになることもあります。どちらにも完全には腰を据えられない感覚が続いてしまうと、「結局どこが“ホーム”なのか」が分からなくなってしまうこともある。二拠点は、決して魔法の解決策ではありません。それでも、ライフステージやお仕事の状況によっては、「いきなり一発勝負ではなく、少し時間をかけて移行する」という選択肢があることは、知っておいていいのかなと思います。
お金のことを“冷静に見てみる”小さなステップ
ここまで「売る」「貸す」「二拠点」と見てきましたが、どの選択肢にも共通しているのが、「お金の話を避けて通れない」ということです。
とはいえ、いきなり細かいシミュレーションを始める必要はありません。
最初の一歩としては、次のようなことを、ざっくり把握してみるだけでも十分です。
ひとつは、「ローンの残り具合」と「今の家がどのくらいで売れそうか」の、だいたいの位置関係です。これは、ローンの返済予定表と、不動産会社の査定を組み合わせて見ていくことになりますが、「完済できそうなのか」「少し残りそうなのか」「想像より余裕がありそうなのか」その感覚を持っているだけでも、心の落ち着き方が違ってきます。
もうひとつは、「家を二つ持った場合に増える固定費」を、ざっくり書き出してみることです。
固定資産税や火災保険、上下水道や電気、インターネットなど。
全部をきっちり計算しなくても、「これとこれが二重になるんだな」というイメージを持っておくと、二拠点にするかどうかを判断しやすくなります。大事なのは、「どの選択肢なら得か損か」を一発で決めることではありません。むしろ、
「この家に、これからどのくらいのお金と手間をかける余裕が自分たちにあるのか」を、夫婦で言葉にしてみることです。家計簿を完璧につけている必要はありません。お茶でも飲みながら、今の暮らしに毎月いくらくらいかかっている感覚があるか、子どもの教育費や、親のこと、自分たちの老後をどう見ているか、そんな話ができるだけでも、“今の家をどうするか”の方向性は見えやすくなってきます。
地元の工務店として、一緒に考えられること
「今の家をどうするか」という話は、不動産屋さんや銀行、税理士さんと考える部分も多いテーマです。そのうえで、地元の工務店としてお手伝いできることも、実はいろいろあります。
たとえば、「売る」「貸す」「二拠点」のどれを選ぶにしても、今の家を、この先どのくらいの期間、どんな状態で使っていきたいか、最低限、どこまで手を入れておけば安心して人に渡せるか、逆に、“やりすぎない方がいい工事”はどこか、といった視点は、建物の状態を見て一緒に考えることができます。
貸す前に、あまりお金をかけずに印象を良くしておく小さな工事もあります。売却を見据えて、「今のうちにここだけ直しておくと、あとが楽」というポイントです。
二拠点を前提にして、あえて“傷が増えても気にならない使い方”を選ぶ考え方もあるでしょう。
「工事ありき」の目線ではなく、「この家と、あと何年・どんな距離感で付き合っていくのか」というところから、“今の家”と“これからの暮らし”をセットで眺めてみる。そういうシタシラベのお手伝いは、工務店だからこそできる役割だと思います。
「今の家に、どうありがとうと言うか」を決める時間
最後に、「今の家をどうするか問題」を、少し違う言葉で捉えてみたいと思います。
それは、「今の家に、どうやって“ありがとう”と言うかを決める時間」でもある、ということです。ずっと住み続けるという選択もあれば、誰かに住んでもらうという選択もある。一度離れて、また戻ってくるかもしれないし、別の場所に“第二のホーム”をつくるのかもしれない。どの選択も、良い悪いではありません。ただ、せっかくなら、「あのとき自分たちは、ちゃんと考えて決めたよね」と、数年後の自分たちが思える決め方をしておきたいところです。
移住の準備というと、新しい土地や新しい家のことばかりに目が向きがちですが、その前に一度だけ、今の家とじっくり向き合ってみる。それはきっと、移住がうまくいくかどうか以前に、自分たちのこれからの暮らし方を整えていく、大事なステップなのだと思います。
次回の「移住のシタシラベ」では、移住したあとに見えてくる「住み続ける人・暮らしを戻す人」 について、少しケーススタディの形でお話ししてみたいと思います。
「今の家をどうするか」と、「これからどこで暮らすか」。そのあいだを行ったり来たりしながら、一緒にゆっくりシタシラベを続けていきましょう。
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